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NIM'S ISLAND

邦題「幸せの1ページ」。

劇中、父親役のジェラルド・バトラーが娘役のアビゲイル・ブレスリンに

語るシーン。

  The thing about courage is …
  it's somethin' that we have to learn and relearn our whole lives.
  You know, it's not just in you.
  It's in every choice we make, each and every day.

生徒たちには自分で訳して味わってもらいたいのだが...

日本語音声では次のような訳だった。

  勇気とはどういうものか。
  人は一生をかけてなんども学んでいくんだよ。
  生まれ持ったものじゃない。
  日々の選択の中で育てていくものだ。

心に残る素敵なセリフだった。

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There is no accounting for tastes.

私の大好きな齋藤 孝さんの考案された

「偏愛マップ」をご存知だろうか?

私は初対面の生徒さんに時々やってもらうことがある。

私が作ったものはこんな感じ。

Photo_2

お互いに書いたものを交換し、質問し合うというもの。

これが結構盛り上がる。

私への質問で一番多いのが「好きな場所」の項目。

私はここに”真夏の映画館・真冬のコタツ”と書く。

真冬のコタツの方は「なるほど」という感じなのだろうが、

真夏の映画館の方にシンパシーを感じる生徒はこれまで誰もいなかった。

だから「なんで?」となる。

元来、映画が大好きな私は劇場で映画を見ることだけでも十分幸せなのだが、

そこに”真夏の”とつくと最上級の幸せとなる。

「真夏の眩しい日差し・額を流れる汗・アスファルトのにおい」と

「暗闇・ヒヤッとするほど効いた冷房・ポップコーンのにおい」との

コントラストがいい。

いとしいデニーロやメル・ギブソンの作品を楽しんだ後、

周りがさっさと立ち上がる中、エンドロールを最後の最後まで見ながら

「さて、映画館を出たらどこへ行こうか? 」

と考えるのもいい。

外に出たらカーッと照りつける太陽に手をかざしながら

次の目的地に向かって歩き出すのもまた最高にいい。

分かっていただけるだろうか?

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バランスボールはアンバランスボール

只今中年街道驀進中。(漢文か?)

去るものは追わず、と思っていたが

徐々に心細くなってきた長い友だちのはずの髪。

家系的に太らない体質のはずだったが、

この数ヶ月、徐々にたるみ出したおなか。

前者は無駄な足掻きとあきらめることにして、

後者は何とかなりそうだ。

先日、太極拳の練習用にと購入したバランスボール。

目標は、この上で站椿功が出来るようになること。

站椿功とは一言で言えば、ただ立ち尽くす練習のこと。

立ち尽くすといっても、太極拳の様々な要求を満たさなければならないので、

実は最も難しい練習なのだ。

いっぺんに立つところまでは行かないので、

まずは足を床に付けることなくボールの上に座り続ける練習。

それが30分くらい平気でいられるようになったら膝立ち。

そして最後に立ち上がる。

これが自分で決めたメニューだ。

今はまだ、膝立ちで数十秒耐えられる程度。

ところが4日目にして体に思わぬ変化が現れはじめた。

胴回りが引き締まってきたのだ。

「おや?」

これはいい!

一石二鳥ではないか!

直径75cmの大きなボールは非常に場所をとり邪魔なのだが、

しばらく続けようと思っている。

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高野豆腐はスポンジでしょ?

年とともに明らかに味覚が変わってきている。

一番驚いたのは高野豆腐を美味いと感じたときだった。

基本的に好き嫌いは無いが、好んでは食べていなかった高野豆腐。

それが最近みょうに「うまい!」と感じる。

子どものころから香りや刺激の強いものが好きだった。

中学時代、私が作ったカレーを自称「激辛好き」の友人が一口でギブアップ。

パセリは(許されるなら)ボールに一杯は食べてしまう。

セロリデビューは幼稚園の年長さん。一本まるごと平らげた。

春菊のお浸しは、「全部食べないでね。」と妻にいつもクギを刺される。

納豆には黄色く染まるくらいカラシを入れる。

その私が高野豆腐?

人の体は面白い。

きっと必要なときに必要なものを体が要求するのだろうな。

それはおそらく食べ物だけじゃないだろう...

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血が騒ぐ

今年は自由が丘学園で物理と化学を担当させていただくことになった。

その最初の授業で、私が物理を志したきっかけを話した。

 「みんな太陽までの距離を知っている?」

 「約1億5千万km。これは光の速さで約8分かかる距離。つまり今見ている太陽は8分前の太陽だね。」

 「じゃ、北極星までの距離は?」

 「約430光年。光の速さで430年かかる距離。つまり今見ている北極星の光は430年前の光。430年前と言えば1579年。信長が安土城を完成した年だ。そのころに光った光を見ていることになる。」

 「アンドロメダ銀河というのを聞いたことがあるかな? そこまでの距離はなんと約230万光年。光の速さで230万年かかる距離。230万年前といえば旧石器時代だ。だから今見てるアンドロメダ銀河は、私たちの先祖がマンモスを食べているころに光った光だ。」

 「タイムマシンなんか無くたって、夜空を見上げれば過去の映像を見ることができるんだ。なんだか不思議な気持ちにならないかい? わくわくしないかい? その気持ちが私を物理に向かわせたんだ。」

生徒たちは目をキラキラさせながら私の話を聞いてくれていた。

 「でも、“楽しいねぇ”、“面白いねぇ”ではサイエンスにならない。」

 「そこに“なぜ?”の感覚がなければならないのだ。」

授業はその後も続いた。

予備校での物理とは少し違う。

私が求めていた授業の場を与えてもらった気分だ。

さて、この後の展開をどうしたものか...

知識を羅列するようなつまらない授業にだけはするまい。

楽しみと緊張と責任。

刺激的な一年になりそうだ。

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悩んでいるのは生きている証

仕事や人間関係で行き詰ると連絡してくる卒業生が何人かいる。

苦しいときに私のことを思い出してくれる、それがとても嬉しい。

でも大したことは出来ないし、気の利いたことも言ってあげられない。

ここでもやはり無力なのだ。

今日、そんな卒業生の一人と会ってきた。

私自身、この数ヶ月は行違いや思いが伝わらないことが多かった。

今日もそんな一日だった。

だからいろいろ考え、読み、見た。

そんな中で感じたことを彼女に伝えた。偉そうに。

話しているうちに、やっと気づいた。

励まされているのは私の方だと。

まったくイヤになる。

「ありがとう」を言われたが、

「ありがとう」が言えなかった。

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I can't help falling in love with you.

娘から目が離せない。

日中、部屋に閉じこもって仕事をしていても、

娘の笑い声が聞こえると我慢が出来ない。

走っていって妻から奪い取って抱き上げてしまう。

少しずつ外の世界を意識的に見られるようになってきたようだ。

今の彼女はきっとこう思っているはず。

 「私が笑えば、みんな笑ってくれる。」

この世に生まれてきて良かった。

そう感じて欲しい。

息子は赤ん坊のころ、それほど愛想のいい子ではなかったが、

道を歩いていても、スーパーで買い物をしていても、

やたらと声を掛けてもらえる子だった。

娘は誰にでも愛想がいい。満面の笑みでウェルカムだ。

だから誰からも声を掛けてもらえる。

対照的な二人だが、誰からも愛される子たちのようだ。

パパとは大違いだな。

よかった。

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