星に願いを

今日もオリオン座が綺麗だ。

中3のみんな。

見てるかい?

今週の宿題だよ。

「オリオン座を見たことがあるかい?」の問いに、

YESと答えた生徒は誰もいなかった。

「そういえば、この3年ほど星を見たことがないな。」

という答えもあった。

そんなものか。

私は車から降りると必ず夜空を見上げて星を見たくなるのだが。

 

明日で娘が1歳になる。

元気で、まんまるで、ぷくぷくで、愛想がよくて、よく笑う、本当に可愛い娘だ。

おかげさまで大過なく1歳を迎えることができた。

ほんとうにありがたいことだ。

元気でいてくれればそれでいい。

それだけを願った1年だった。

私は特定の神を信じる者ではないが、

それでも感謝したい。

娘を守ってくれた全てのものに。

ありがとう。

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生命力?それとも悲壮感?

昨日の日曜日、午前中は息子と2人で近所の屋内パークゴルフ。

午後からは家族4人で石山緑地へ行ってきた。

あまり期待していなかったのだが、これがなかなか良かった。

中でも私が気に入ったのは「ネガティブマウンド」という石の造形物。

ローマのコロッセオを彷彿させるこの場所で、

夜のクラッシクコンサートなんかやると最高だと思う。

091025_152002 「午後の丘」と名づけられた石のオブジェが散らばる広場で、

コンクリートの壁から突き出たシラカバを発見。

どういう経緯でここに生えているのかわからないが、

強烈なオーラを感じた。

痛々しい。でも力強いのだ。

無神経な人間の行いに、

「フッ。お前たちごときに屈してたまるか。」

という誇り高いシラカバの声が聞こえてくるような気がした。

少しの間、目を離せなかった。

息子も気に入ったようだし、機会があればまた行こう。

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凡夫のつぶやき

教育に携わる人間とは、

全てを剥かれ、丸裸にされたむき出しの状態で

生徒たちの前に立つことを余儀なくされた人間なのだ。

知識や指導力があるかどうかは言うまでもないが、

借り物の言葉でいくら武装しても生徒たちはすぐに見抜く。

それが意識的か無意識的なのかは別として。

どんなにわかりやすく効率的な解法を示しても、

それ以上のことを私に求める生徒には全く入らない。

ポプラ工房はそれだけではダメなのだ。

「あなたはどんな人?」

私の生徒はそんなメッセージを送ってくる生徒が多い。

思春期の大切な時期に出会う大人として、

私が相応しいかどうかは彼らが決めることだろう。

それに、言うほど彼らは私に期待していないとも思う。

しかし、それでも責任を感じる。

もっともっと懐の深さが欲しい。人間的な大きさが欲しい。

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感謝する、意識的に

感謝する、意識的に。

conscious 「意識的に」

大学受験生だったころに覚えた英単語の語呂合わせ。

古本屋でたまたま手にした「英単語連想記憶術」。

てっきり絶版になっているものと思っていたら改定されて第2版が出ていた。

前回も書いたが、私は生徒たちにしつこく、しつこく繰り返す。

「意識的に勉強しろ。」

「一問一問、テーマを意識して解け。」

「一題たりとも流すな。」

しかし、これが意外と難しい。

例えば英語の音読ひとつ取ってもそれがよくわかる。

5回程度繰り返すだけでも、途中何回かは惰性で読んでいるはずだ。

頭と口が分離している。人間って結構器用なのだ。

そんなときいつも例に挙げるのが野球の素振りや、空手の突き。

「素振り100回」と言われた場合、

ただ100回バットを振り回すのか、1回1回全てを意識的に振るのかによって、

その後の上達レベルは天と地の差が出来てしまう。

私も学生時代、少林寺拳法部で「1000本突き・蹴り」をやらされた。

これは1000本やりきるだけでもかなりの意志力が要る。

私はただ、やりきることだけを考えていた。

終わった後、多少キレが良くなった程度で大して向上していなかった。

それでは費やした時間と体力と精神力がすべてムダになるではないか!

勉強もそうだ。

イヤイヤやっても1時間。

無意識にやっても1時間。

しっかり意識的にやっても1時間だ。

どうせ時間と体力と精神力を使うなら、身につくように使わなければ損というもの。

さあ、みなさんご一緒に。

「感謝する、意識的に」

...でもゴロ合わせで単語を覚えるのはお勧めしません。

正しい音を覚えられないから(あくまで個人的見解です)。

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まってぇ~

年の初めに立てた計画のうち約8割が未着工だ。

ああ、やっぱり今年もだめだったなぁ。

そのひとつに「180度開脚、胸を床にペッたりつける」というものもある。

まぁ達成できなくても人生を大きく左右するものでもないのだが、

少しばかり太極拳を教えさせていただいている身としては問題がある。

実は高校時代、器械体操部だったころに股間のスジを痛めてしまったのだ。

それ以来、痛み+恐怖であまり開けない。120度くらいが限度。

今年こそはこれを何とかしたかったのだ。

あと2ヶ月か。ちょっと難しいかな。

毎年、寒くなってくると思うのだ。

「あれもやっていない、これもやっていない、どれもやっていない...まってぇ~」

もう41歳。半分は過ぎた。少し焦りを感じる。

生徒にはいつも言うのだ。

「意識的に勉強すること。」

「今、自分が解いている問題は何がテーマで何を身につけるためのものなのか。」

なのに私自身は毎日があっと言う間に、無意識に近い状態で過ぎていく。

今日も一日終わった。

でも、あきらめないぞ。明日こそは。

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ひとりじゃないよ みんな空の下

空いた時間の全てをリスニング特訓に当てる。

それが私が勝手に決めた生徒たちとの約束だ。

(子どもたちと遊ぶ時間はお許しを)

このことはもちろん生徒たちは知らない。

今、知ってしまったか...

彼らがつらい受験勉強に向かっているのだから、

私も何か自分に課したかったのだ。

でもこれがかなり難しい。

というか、すまない。出来ていない。

移動の間にリスニングCDを流していると、

寝不足もあって(いいわけです)強烈な睡魔に襲われる。

たまらず音楽CDをかけて大声で歌う。

ん?いつも声がかれているのは授業のせいではなく、歌い過ぎか?

それはともかく、私は受験生に

 「目が覚めた瞬間にテキストを開き、眠る瞬間まで見続けろ!」

と言っている。

自分が受験生だった頃はあたりまえのことだったのだが、

この年ではなかなか難しい。

しかし公言したからには止められないな。

言わなきゃよかった。

みんな! 俺も頑張ってるぞ! みんなも負けるな!

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おかえりなさい

中3生の生徒さんの授業をしていたときのこと。

彼のぬるい勉強姿勢に突っ込みを入れていたときだったろうか、

お父様が帰宅されたご様子。

 「ただいま。」

それに応えるお母様。

 「おかえりー。」

ごく普通のやり取りなのだが、

お母様の「おかえりー。」が、なんだかとっても自然で優しい。

私は説教しながらも心の中で、

 “ああ、お父さんのことをとっても大切に思っておられるんだなぁ”

 “いいなぁ”

と思っていた。

しかし、それはなぜかどこかで感じたことのある感覚。

そうか。うちのカミさん、いつもこんな感じで私を迎えてくれていたんだな。

心を込めた「おかえり」は、玄関を開ける瞬間まで寄っていた眉間のしわを、

アメフトの選手のように盛り上がってパンパンに張っていた肩を、

奥歯がすり減るくらいくいしばっていたあごを、

一瞬で開放してくれる。

当たり前と思っていたら、ばちがあたるな。

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あなたのこころ

中3生におうぎ形の面積公式を説明しているときだった。

彼女は、

 「へぇー!」

とたいそう感動してくれた。

私はそのとき、相田みつをの

 うつくしいものを美しいと思えるあなたのこころがうつくしい

を思い出した。

それで彼女に、相田みつをのこの言葉と、

 「数学の理路整然としたうつくしさを見て、感動できる君のこころが素晴らしいよ。」

と伝えた。

この言葉はもう何年も額に入れて玄関に掛けてある。

それなのに、今日初めて心にストンと落ちた気がする。

これであの額も報われたことだろう。

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時間

私は自分の時間は自分のもの、という思いが強い。

しかし、ウチのカミさんはちがう。

平気で人のために自分の時間を差し出す。

10ヶ月の娘と、お兄ちゃんになったことで心が不安定になった息子の世話で

手いっぱいでヘトヘトなのに、私のことを気遣い心をくだいてくれる。

私は生徒たちのために自分の時間を差し出しているだろうか?

まだまだ足りないような気がする。

何だか偉くなってないか?

何だか傲慢になっていないか?

反省。

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あずましくないっしょ

「おばんでした~」

私が子どものころはよく耳にしたあいさつだ。

近頃、トンと聞かなくなった。

先日、久しぶりに近所のスーパーで年配の女性が口にしているのを聞いた。

これはもちろん北海道弁で「こんばんは」という意味だ。

でも、なぜ過去形なのだろう?

そういえば英語で丁寧さをかもし出すときによく過去形が使われる。

 「窓を開けていただけませんか?」 → Would you open the window?

英語の過去形は「過去」というよりも「距離をあける」というイメージだ。

話し相手を上に持上げて人間関係の“距離”をとれば敬語。

現在との時間的な“距離”と考えれば過去。

事実との“距離”と考えれば仮定法。

そうか。ということは、「おばんでしたー」は敬語表現なのだ。

そういえば、高校時代の体育の先生はやたらと過去形を使っていた。

「はい、座った。」「はい、立った。」「はい、伸ばした。」

そのたびに、

「まだ座ってない。」「まだ立ってない。」「まだ伸ばしてない。」

と、ツッこんでいたような気がする。

言葉って面白い。

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